執筆・文責:弁理士 中村幸雄(登録番号 第12870号)

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この記事の結論

社員が会社の設備を使い、会社が研究費を負担し、勤務時間中に生まれた発明でも、それだけで特許を受ける権利が会社に帰属するわけではありません。会社が権利を取得するには、原始帰属・予約承継・事後譲渡のいずれかを適切に設計し、発明が生まれる前から職務発明規程を運用しておく必要があります。

社員が会社の設備を使い、会社が研究費を負担し、勤務時間中に生まれた発明であっても、それだけで特許を受ける権利が会社に帰属するわけではありません。

職務発明について会社が権利を取得する方法には、発生時から会社に帰属させる「原始帰属」、いったん社員に発生した権利を事前の取決めに基づいて会社へ移す「予約承継」、発明後に個別の契約で譲り受ける「事後譲渡」があります。

職務発明とは何か

特許法35条は、職務発明を、従業者等がした発明で、その性質上、使用者等の業務範囲に属し、かつ、発明をするに至った行為が、その使用者等における従業者等の現在または過去の職務に属するものと定めています。

したがって、職務発明に当たるには、次の三つの要素が必要です。

開発部門の社員が担当製品の構造を改良した場合などが典型例です。他方、会社の事業と関係がある技術であっても、その社員の職務と技術的な関係がなければ、当然に職務発明になるわけではありません。

また、自宅や勤務時間外に着想したという事情だけで、職務発明ではないと決まるわけでもありません。問題になるのは、発明完成に至る行為が職務に属していたかです。

「従業者等」には、一般の社員だけでなく、法人の役員、国家公務員、地方公務員も含まれます。社長や取締役が自ら製品開発を行う中小企業でも、役員の発明について職務発明の取扱いを決めておく必要があります。

発明者と権利者は別である

発明者は、発明の技術的思想の創作に実質的に関与した自然人です。会社が研究費を負担し、出願人や特許権者になることはできますが、会社そのものが発明者になるわけではありません。願書の発明者欄に記載できるのは自然人であり、法人を発明者とすることはできません。

一方、誰が発明者であるかと、特許を受ける権利が誰に帰属するかは別の問題です。社員が発明者であっても、職務発明規程などにより、特許を受ける権利を会社に帰属させることはできます。したがって、願書には社員を発明者として記載しつつ、会社を出願人とすることは可能です。

会社が権利を取得する三つの方法

1.発生時から会社に帰属させる「原始帰属」

職務発明について、契約、勤務規則その他の定めにより、あらかじめ会社に特許を受ける権利を取得させると定めた場合、その権利は「その発生した時から」会社に帰属します。

この場合、発明完成時にいったん社員へ権利を帰属してから会社へ移すのではなく、最初から権利を会社に帰属させることができます。例えば、規程に「職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する」と定める方式です。

規程全体の具体例は、特許庁「中小企業向け職務発明規程ひな形」で確認できます。

原始帰属を採用すると、発明の完成と同時に会社が権利者になります。そのため、社員からその都度譲渡書を取得しなくても、会社は自社名義で出願できます。

もっとも、原始帰属の規程は、発明が完成する前に存在していなければなりません。発明後に規程を作り、その発明に遡って適用すると記載しただけでは、既に社員に発生した権利を自動的に会社へ移すことはできません。

2.事前の取決めに基づいて移転する「予約承継」

職務発明について会社が権利を取得する方法は、原始帰属だけではありません。特許法35条2項は、職務発明ではない発明について、発明前に会社へ権利を取得・承継させる定めを無効としています。その反対解釈として、職務発明については、特許を受ける権利や特許権を会社へ承継させることなどを、あらかじめ契約や勤務規則で定めることができます。

予約承継型では、特許を受ける権利はいったん社員に発生します。その後、会社が発明ごとに権利を取得する旨を通知するなど、規程で定めた手続によって会社へ移転します。例えば、「会社が職務発明に係る特許を受ける権利を取得する旨を発明者に通知したときは、当該権利は会社に承継される」と定めます。

原始帰属型と予約承継型の規程例は、特許庁「職務発明制度の概要」で比較できます。

この方式では、会社は、届け出られた発明の内容を確認してから、権利を取得するかどうかを選択できます。すべての発明を取得する必要がない会社にとっては、出願費用や管理負担を抑えられる利点があります。

一方、会社が承継の通知をするまで、権利は社員に帰属しています。通知期限や承継手続が曖昧であれば、会社が権利を取得しないまま出願時期を迎えたり、社員が退職したりするおそれがあります。

3.発明後の個別契約による「事後譲渡」

原始帰属や予約承継について事前の定めがなければ、特許を受ける権利は、原則として発明者である社員に帰属します。

会社がその権利を取得するには、発明後に社員と個別の譲渡契約を結ばなければなりません。この場合、社員には事前の譲渡義務がないため、会社へ譲渡するかどうか、どのような条件で譲渡するかは個別の交渉になります。

個別譲渡契約の構成を検討する際は、INPIT「特許権譲渡契約書」の譲渡対象、移転時期、対価、手続に関する条項が参考になります。ただし、同資料は登録済み特許権の一般的な譲渡を想定したひな形です。社員から会社への「特許を受ける権利」の譲渡に使う場合は、対象発明、譲渡する権利、相当の利益、発明者の協力義務などを個別に調整する必要があります。

社員が既に退職している場合や、会社との関係が悪化している場合には、交渉が難しくなることがあります。出願期限が迫っている状況で権利帰属を決めようとすれば、事業や出願の判断にも影響します。

規程がなくても会社は実施できる

社員またはその承継人が職務発明について特許を取得した場合、会社は、その特許権について法定の通常実施権を有します。したがって、権利を取得していない会社が、直ちに自社事業でその発明を使えなくなるわけではありません。

しかし、通常実施権は特許権そのものではありません。会社は通常実施権を持つだけでは、特許権者として第三者に権利を譲渡したり、専用実施権を設定したり、侵害者に差止めを求めたりすることはできません。

自社で発明を実施できることと、その特許を自社の知的財産として管理できることは別です。

M&A、資金調達、共同開発、ライセンス、侵害対応まで考えるなら、会社が特許を受ける権利または特許権を確実に取得できる仕組みが必要です。

「社員の発明はすべて会社のもの」とは定められない

会社が発明前から取得を定められるのは、職務発明についてです。職務発明に当たらない発明について、特許を受ける権利や特許権をあらかじめ会社へ承継させる定めは、特許法35条2項により無効です。

したがって、規程の対象を「社員がしたすべての発明」とするのは適切ではありません。発明届を受けた後、会社が職務発明に該当するかを判断し、その結果を社員へ通知する手続を設ける必要があります。会社が権利を取得しない場合に、その権利を社員が保持できるのか、第三者への譲渡や出願をどのように扱うのかも明確にしておくべきです。

共同発明では社内規程だけでは足りない

社員と取引先の技術者が共同で発明した場合、自社の職務発明規程で処理できるのは、原則として自社社員に生じる権利です。取引先側の発明者の持分まで、自社の規程によって会社へ帰属するわけではありません。

共同開発契約では、各当事者が自社の発明者から権利を取得する義務、出願人、持分、費用負担、外国出願、実施条件、第三者へのライセンス、権利放棄時の通知などを定める必要があります。社内の職務発明規程と共同開発契約の内容が食い違うと、会社が予定していた権利を取得できないことがあります。

退職後に出願された発明にも注意する

特許出願の日が退職後だからといって、その発明が会社と無関係になるわけではありません。重要なのは出願日ではなく、発明がいつ完成したかです。

発明が在職中に完成していれば、退職後に出願されても、在職中の職務発明として権利帰属が問題になります。反対に、在職中に得た一般的な経験や技能を基礎にしていても、退職後に新たな技術的思想を完成させたのであれば、同じ結論になるとは限りません。

発明届、研究ノート、設計データ、試験結果、会議記録など、発明の成立時期と内容を示す証拠を残し、誰が、いつ、どのように発明を完成させたのかを確認できるようにすることが重要です。

規程には何を定めるべきか

実用的な職務発明規程には、権利帰属の一文だけでなく、少なくとも次の事項を定める必要があります。

特に、原始帰属と予約承継のどちらを採用するのかは、規程上明確にしなければなりません。すべての職務発明を発生時から会社が取得するのか、発明ごとに内容を評価し、会社が必要と判断した権利だけを取得するのかによって、必要な手続と権利の安定性が変わるからです。

権利帰属を決めた後は、相当の利益と規程策定の三つの手続を制度として整え、さらに報奨金を継続運用できる基準へ落とし込む必要があります。

発明が生まれる前に権利の流れを決める

職務発明制度は、会社が社員の発明を一方的に取り上げるための制度ではありません。会社が研究開発投資を行いやすい環境を整える一方で、発明をした社員が適切に評価され、相当の利益を受けられるようにする、会社と社員の利益調整の制度です。

規程がなければ、会社には通常実施権があっても、特許を自社の資産として自由に管理できないことがあります。予約承継の定めがあっても、規程どおりの通知や承継手続を行わなければ、権利は会社へ移りません。原始帰属を採る場合も、発明前に有効な定めを置いておく必要があります。

重要なのは、これまで会社名義で出願してきたという慣行ではなく、権利がいつ、どの規程に基づいて会社に帰属したのかを説明できることです。職務発明規程は、その説明を可能にし、社員の発明を安心して事業へつなげるための基盤となります。

職務発明の権利帰属に関するよくある質問

会社のお金や設備を使って生まれた発明は、会社のものですか?

それだけでは、会社に権利が帰属するとは限りません。職務発明に当たるかを確認したうえで、契約や職務発明規程による権利帰属の定めを確認します。会社が研究費を負担したことと、特許を受ける権利を取得していることは別の問題です。

職務発明規程を今から作れば、過去の発明も会社のものになりますか?

規程を作り、過去の発明にも適用すると記載するだけで、社員に帰属している権利が自動的に会社へ移るわけではありません。発明当時の契約や規程を確認し、会社が権利を取得していない場合は、個別の譲渡などを検討します。

休日に自宅で考えた発明も、職務発明になりますか?

なる場合があります。着想した時間や場所だけでなく、発明が会社の業務範囲に属し、発明に至る行為がその社員の現在または過去の職務に属するかで判断します。反対に、社員の発明だからといって、すべてが職務発明になるわけではありません。

会社を出願人にする場合、発明者にも会社名を書きますか?

いいえ。発明者には、技術的な創作に実質的に関与した個人を記載します。会社が権利を適切に取得していれば、社員を発明者、会社を出願人として出願できます。発明者と、権利を持つ出願人は区別して考えます。

参考資料

  1. e-Gov法令検索「特許法(昭和34年法律第121号)第35条」
  2. 特許庁「職務発明制度の概要」(2017年7月27日更新)
  3. 特許庁「中小企業等の皆様へ――職務発明規程の導入」(2022年8月30日更新)
  4. 特許庁「中小企業向け職務発明規程ひな形」
  5. 特許庁「職務発明制度の概要」
  6. INPIT「知っておきたい知的財産契約の基礎知識(別冊)――特許権譲渡契約書」

執筆・文責

弁理士 中村幸雄

AIサービス、ソフトウェア、業務フロー、試作・現場改善に関する発明発掘・特許相談を扱う弁理士。「発明の余白」では、まだ曖昧な技術構想や現場の工夫から、発明のポイントを見つけるための情報を発信しています。