執筆・文責:弁理士 中村幸雄(登録番号 第12870号)

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この記事の結論

公証制度は、ある時点に資料や技術情報が存在したことを示す証拠づくりに役立ちますが、特許権を発生させる制度ではありません。技術を出願する、秘密として管理する、公開するという方針を決めたうえで、目的に合った証拠を残す必要があります。

新しい製品やサービスを開発したとき、その技術の扱い方には、いくつかの選択肢があります。

特許出願をしない技術についても、開発・利用・公開の経緯を示す記録を残します。

将来、他社の特許、自らの営業秘密、新規性喪失の例外規定などで問題が生じた際、「いつ、どのような技術が存在し、どのように使われていたか」を客観的に説明できるかが重要になります。このような場面で役に立つのが「公証制度」です。この記事では、公証制度を活用し、技術に関する証拠を、いつ、何のために残すべきかを解説します。

公証制度では何ができるのか

公証制度とは、法務大臣が任命する公証人による法律サービスのことです。主に、客観的な証拠を保全することによって、法的紛争を未然に防止したり、紛争の早期解決に資することを目的としています。大切なのは「何を証明したいのか」を明確にすることです。目的によって、残すべき資料も使うべき制度も変わります。以下に、特許に関連が深い公証事務を示します。

公証事務 一般的な役割 注意点
確定日付 私文書に確定した日付を付与し、その日にその文書が存在していたことを示す。 ただし、文書の内容が正しいことや、発明が完成していたことまで当然に証明するものではない。
私署証書の認証 私文書の署名・記名押印が本人のものであることを公証人が証明する。 発明経緯説明書、技術説明書、事業準備説明書などについて、誰が作成した文書かを明確にする手段になる。ただし、内容の真実性までは当然に証明しない。
宣誓認証 作成者が、公証人の面前で文書の記載内容が真実であることを宣誓し、その署名等について認証を受ける。 発明の完成時期、実施準備、公開経緯、ノウハウ管理状況などについて、作成者の宣誓を残す手段になる。ただし、公証人が技術内容や特許性を調査・判断するわけではない。虚偽の宣誓には制裁がある。
事実実験公正証書 公証人が、実際に見聞きし、確認した事実を公正証書として記録する。 製品、装置、製造工程、Webページ、デモ画面、販売資料などの状態を客観的に残す手段になる。ただし、公証人が発明のポイント、技術的価値、特許侵害の有無を判断するわけではない。
契約公正証書 契約などの法律行為の内容を、公正証書として作成する。 共同開発契約、ノウハウ提供契約、秘密保持契約、技術移転契約などの合意内容を明確にする手段になる。ただし、権利帰属、秘密保持、成果物の扱いなどは事前に定めておく必要がある。

公証制度は、特許の代わりではない

公証制度は、文書の存在時期、署名の真正、公証人が見聞きした事実などを記録・証明するための制度です。特許権のような独占権を取得するには、別に特許出願と審査等の手続が必要です。

公証制度の役割は、将来争点になり得る文書や事実について、「存在した時期」や「成立の信用性」を高めることにあります。たとえば、次のような事実の証明に役立ちます。

つまり、公証制度は「技術を守る制度」というより、将来、技術について説明するための証拠力を高める制度です。重要なのは、「将来どのような事実が問題になりそうか」を考え、その事実を説明できる資料を残しておくことです。

技術には「出願する・秘匿する・公知化する」という選択がある

技術をどう扱うかには、大きく三つの方向があります。

一つ目は、特許出願して権利化することです。他社の実施を制限できる可能性がありますが、発明内容は原則として公開されます。

二つ目は、ノウハウとして秘匿することです(営業秘密)。製造方法、処理条件、運用手順、データ処理の工夫など、外から見えにくい技術では、この選択が現実的なこともあります。

三つ目は、公知化することです。自社で独占権を取得するのではなく、公開することで、他社が後から同じ技術について権利を取得することを防ぐ考え方です。

どれが適しているかは、「模倣されやすいか」「外部から侵害を発見できるか」「公開しても事業上困らないか」「事業の中核技術か」「共同開発者や取引先への開示があるか」「守秘義務はあるのか」といった技術の性質によって変わります。

この判断とあわせて考えるべきなのが、証拠をどう残すかです。特許出願する場合でも、出願前の公開や共同開発の経緯などが問題になることがあります。出願しない場合には、後から他社特許との関係で、自社が以前からその技術を使っていたことを説明する必要が生じることがあります。

特許分野で、証拠を残すべき4つの場面

次のような場面で「いつ、何が、どのように存在していたか」が問題になります。

場面 後で問題になること 残すべき証拠
先使用権 他社特許より前に実施又は準備していたか 技術内容、完成時期、事業準備、販売・運用記録
公知・公用 他社特許より前に公開・使用されていたか 公開資料、販売資料、展示記録、Web記録
営業秘密 何を秘密として管理していたか 技術資料、管理記録、提供記録、秘密保持契約
新規性喪失の例外 自社公開後の出願で、いつ誰が何を公開したか 公開日時、公開内容、URL、配布資料
侵害証拠 相手方がどのような製品・表示をしていたか 製品、Web表示、パンフレット、販売状況

このうち、技術を扱う事業者にとって特に重要な4つの場面について詳しく見ていきます。

4つの場面を確認する

1. 先使用権のために

特許出願しない技術を事業で使っている場合、後から他社が同じ(又は近い)技術について特許を取得することがあります。そのときに問題になるのが「先使用権」です。

先使用権とは、他社の特許出願より前から、自ら発明した(又は発明者から知得した)発明について、日本国内でその発明の実施事業をしていた、又はその準備をしていた場合に、一定の範囲でその事業を継続できる制度です。

ここで重要なのは、単に「昔から使っていました」と言うだけでは足りない点です。以下のポイントを客観的に説明できなければなりません。

研究開発、発明の完成、事業準備、事業開始の各段階について、日付と、その時点の状況を示す記録を残します。

AI SaaSやAIエージェント開発では、資料の形が製造業とは異なります。以下を参考にしてください。

段階 残しておきたい資料
技術検討 課題の記録、処理案、検証メモ
発明の具体化 処理フロー、API連携仕様、RAG構成、権限管理設計
試作・検証 デモ動画、評価ログ、テスト結果、画面キャプチャ
事業準備 顧客提案資料、導入設計、β版記録、利用規約案
事業開始 LP、リリースノート、契約資料、利用ログ、運用記録

たとえば、処理フロー図、API連携仕様、RAG構成資料、評価レポート、顧客提案資料などをまとめた技術資料について、ある時点で存在していたことを残したい場合には、確定日付が候補になります。

技術検討から発明の具体化、試作・検証、事業準備、事業開始までの記録を、発明ごとにまとめます。各資料に、対応する技術と作成日を記し、後から経緯をたどれるようにします。

たとえば、AI SaaSであれば、「顧客ごとに検索対象を切り替えるRAG構成」について、次のような資料を開発から事業開始までの順にまとめます。

これらを資料説明書とともにまとめ、確定日付を受けることで、その時点で一連の資料が存在していたことを説明しやすくなります。

一方、資料の作成者や説明責任者を明確にしたい場合には、私署証書の認証が候補になります。

代表者や開発責任者、プロダクト責任者が、技術の開発経緯と、各資料が示す処理を説明書に記載します。作成者の署名が本人のものであることを示すために、私署証書の認証を利用する方法があります。

さらに、発明の完成時期、試作の時期、顧客提案の時期、β版提供の時期などについて、本人の供述としてより明確に残したい場合には、宣誓認証が候補になります。

開発責任者は、処理フローの具体化、検証、顧客提案やβ版提供へ進んだ時期を説明書に記載します。宣誓認証では、公証人の面前で、その記載が真実であることを宣誓します。

また、製品、装置、製造工程、デモ画面、Web画面、アプリ画面、管理画面など、実際の状態を第三者の立場で残したい場合には、事実実験公正証書が候補になります。

たとえば、製造業であれば、装置の構造、製造ライン、試作品の状態、操作手順などを公証人に確認してもらい、その内容を公正証書として残すことが考えられます。

AI SaaSやAIエージェント開発であれば、特定の日時に、管理画面、処理結果、ログ画面、デモ環境、アプリ画面などがどのように表示・動作していたかを確認してもらうことが考えられます。

なお、これらは有力な証拠となりますが、公証制度を使ったからといって、直ちに先使用権が認められるわけではありません。

2. 公知・公用事実の客観化

展示会、Webサイト、技術ブログなどで技術を公開した場合、その後に他社が同じ技術の特許を取得してしまうかもしれません。このとき、過去の公開・使用事実が他社特許の有効性を争う材料(対抗策)になります。

ここでも「公開していたはず」という記憶ではなく、「公開又は使用の時期と内容」の証拠が必要です。

AI事業では、LP、技術ブログ、GitHub、ウェビナー等で、機能や処理の一部を説明することがあります。特許上の評価は公開内容によって異なるため、公開日時と、その時点で外部へ伝わった技術を記録します。

たとえば、展示会で配布したパンフレット、カタログ、技術説明資料、販売資料などについて、ある時点でその資料が存在していたことを残したい場合には、確定日付が候補になります。

ただし、確定日付は、その日にその文書が存在していたことを示す手段です。その資料が実際に展示会で配布されたことや、どのような説明が行われたことまで当然に証明するものではありません。

Webページ、技術ブログ、GitHub、YouTube動画、ウェビナー案内ページ、LP、デモ画面など、その時点の表示状態を客観的に残したい場合には、事実実験公正証書が候補になります。

たとえば、公証人にWebページや動画ページを確認してもらい、URL、表示日時、ページ内容、掲載されていた図表、動画タイトル、説明文、公開されていた資料などを公正証書として残す使い方です。

一方、公開経緯を記した説明書を作成する場合には、私署証書の認証が候補になります。

担当者は、展示会で配布した資料や、Webページ、動画、ウェビナーで説明した技術を「公開経緯説明書」に記載します。私署証書の認証を利用すれば、その説明書の署名が本人のものであることを示せます。

さらに、公開日、公開場所、配布資料、説明内容、秘密保持の有無などについて、担当者や責任者の供述としてより明確に残したい場合には、宣誓認証が候補になります。

事業責任者や開発責任者が、展示会での配布日、相手の秘密保持義務の有無、Webページで説明した処理などを記載します。宣誓認証では、公証人の面前で、その記載が真実であることを宣誓します。

重要なのは、公開又は使用の時期、公開された技術内容、秘密保持の有無、公然性を説明できることです。

なお、秘密保持契約の下で開示した資料や説明した内容は、公知・公用の事実として評価されません。そのため、展示会、Web公開、動画、パンフレットのように外部から確認できる公開資料と、秘密保持下の提案資料・開示資料とを区別して管理することが必要です。

3. 営業秘密の管理

外部から見えにくい製造条件、運用手順、評価方法、内部ロジックなどは、あえて特許出願せず営業秘密として管理する判断もあります。ただし、後から問題になったときのために、以下の点を証明できるようにしておく必要があります。

営業秘密として保護されるためには、「情報が有用であること」、「秘密として管理されていること」、「公然と知られていないこと」が問題になります。

これらの3要件のうち、特に「秘密として管理されていること」を証明するために公証制度の利用が役立ちます。

製造条件、評価方法、運用手順、内部ロジックなどをノウハウ資料に記載します。AI開発では、学習データの選定基準、プロンプト設計、RAGの分割ルール、権限管理も対象になります。文書の存在時期を示す手段として、確定日付が候補になります。

ただし、確定日付は、その日に文書が存在していたことを示す手段です。その文書の内容が正しいことや、その情報が営業秘密として管理されていたことまで当然に証明するものではありません。

資料の作成者や管理責任者を明確にしたい場合には、私署証書の認証が候補になります。

代表者や情報管理責任者が、秘密情報として管理する資料、作成者、管理部署、アクセス制限を説明書や台帳に記載します。署名が本人のものであることを示すには、私署証書の認証が候補になります。

さらに、ノウハウの管理状況や開示経緯について、本人の供述としてより明確に残したい場合には、宣誓認証が候補になります。

管理責任者は、秘密情報としての管理開始時期、アクセスの制限、取引先との秘密保持契約、社内の秘密表示を説明書に記載します。宣誓認証では、公証人の面前で、その記載が真実であることを宣誓します。

また、実際の管理状態を第三者の立場で残したい場合には、事実実験公正証書が候補になります。

紙の資料の施錠保管や秘密表示、フォルダのアクセス権限などを、公証人が見聞きして記録する方法があります。ソースコード管理ツールやクラウドストレージの閲覧制限も、事実実験公正証書で記録する対象になり得ます。

AI SaaSやAIエージェント開発であれば、管理画面、権限設定画面、アクセスログ、リポジトリの権限設定、社内ナレッジベースの閲覧制限などが対象になることがあります。

営業秘密を記録する際は、公証手続で開示する範囲も管理します。全文、要約、資料一覧、管理台帳、ハッシュ値、封緘した資料など、どの形で目的を達成できるかを、公証人と相談して選びます。

4. 新規性喪失の例外を適用する場合の補充・保全資料

展示会でのデモやWeb公開の後に「やはり出願しておいた方がよい」と気づいた場合、「新規性喪失の例外(特許法第30条)」という自社出願の救済策を検討する場面があります。

大前提として、公開前に特許出願する方が原則として安全です。しかし、やむを得ず公開後に出願する場合は、以下の手続が必要になります。

ここで提出する「証明する書面」は、一定の書式に従った出願人自らによる証明書で足り、客観的資料の添付や、公証人による第三者証明は必須ではありません。

しかし、後から審査官や第三者から公開の事実に疑義が示された場合、客観的な証拠の提出が求められることがあります。

AI事業では、β版リリース、LP公開、ウェビナー、SNS投稿など公開の入口が多く、後から「いつ、誰が、何を、どこで公開したか」が曖昧になりがちです。公証制度は、いざという時の補充・保全資料として活用できます。

例えば、LPの原稿、公開前の画面案、技術説明資料、プレスリリース原稿などについて、ある時点でその文書が存在していたことを残したい場合には、確定日付が候補になります。

実務で残しておきたい資料リスト

技術内容、時期、事業準備、公開の事実ごとに、日々の業務で作成した記録を集めます。

大切なのは、技術がどのように生まれ、具体化し、事業に使われたかを後からたどれる状態にしておくことです。

よくある誤解(Q&A)

公証すれば、特許を取ったのと同じですか?

違います。公証制度は独占権を発生させる制度ではありません。特許権を取得したい場合は特許出願を検討する必要があります。公証制度はあくまで「将来説明しやすくするための証拠保全」です。

確定日付を取れば、内容の正しさまで証明されますか?

いいえ。確定日付は「その日に文書が存在したこと」を示すものです。その文書の内容が正しいこと、作成者が本当にその内容を作成したこと、技術的に発明が完成していたことまで当然に証明するものではありません。

先使用権に備えるには、確定日付だけで十分ですか?

確定日付に加え、技術内容、発明の完成時期、事業準備、事業開始を示す記録が必要になります。複数の記録を時系列で照合し、先使用権の要件に関わる経緯を説明できるようにします。

AIサービスでは、ソースコードを残せば十分ですか?

ソースコードに加え、処理の目的、設計意図、事業での利用、顧客への提供時期、外部公開を示す記録を残します。処理フロー、仕様書、評価条件、ログ、画面、提案資料を組み合わせると、経緯を説明しやすくなります。

公証制度を使う前に、残したい事実を決める

特許出願をしない技術でも、いつ、どのような技術を、どの事業で使っていたかを記録しておきます。公証制度は、その記録の存在時期や成立、実際の状態を証明するための選択肢です。

証拠は、問題が起きてから集めるものではなく、技術が生まれ、形になり、事業で使われていく過程で、自然に残していくものです。どの場面で何を残すかは、その技術を出願するのか、秘匿するのか、公開するのかという方針と一体で決まります。

発明の余白では、その方針づくりから、残しておくべき資料の管理までをサポートします。

参考資料

  1. 日本公証人連合会「公証制度」
  2. 日本公証人連合会「公証事務」
  3. 特許庁「先使用権制度について」
  4. 経済産業省「営業秘密~営業秘密を守り活用する~」
  5. 特許庁「発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について」

執筆・文責

弁理士 中村幸雄

AIサービス、ソフトウェア、業務フロー、試作・現場改善に関する発明発掘・特許相談を扱う弁理士。 「発明の余白」では、まだ曖昧な技術構想や現場の工夫から、発明のポイントを見つけるための情報を発信しています。