執筆・文責:弁理士 中村幸雄(登録番号 第12870号)

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この記事の結論

AI特許では、学習工程だけでなく、国内で繰り返される推論処理や装置制御まで捉えることが重要です。誰が、どこで、どの処理を実行するのかを確認し、海外サーバーを利用しても回避されにくい請求項を検討する必要があります。

AI発明を具体的な情報処理として捉える際は、特許庁の審査ハンドブック附属書B第1章とAI関連技術に関する特許審査の事例が基礎資料になります。本記事では、成立可能性に加えて、実際の事業を捉える請求項の設計に焦点を当てます。

AI技術の事業利用は、モデルを学習させる段階から、学習済みモデルを使って推論する段階へ広がっています。

生成AI、RAG、AIエージェントだけでなく、ロボット、自動運転、製造装置などのフィジカルAIでも、事業上の価値が生まれるのは、モデルを作った時点とは限りません。

現場のデータを取得し、推論を行い、その結果を業務処理や装置制御に反映したときです。

この変化は、AI特許の請求項の設計にも影響します。

モデルの学習方法だけを請求項に記載していると、競合企業が海外でモデルを学習させたり、第三者のモデルを利用したりした場合に、日本国内で行われる推論サービスを捉えにくくなることがあります。

現在のAI特許では、学習方法を守るだけでなく、

日本国内で行われる推論、出力、判断、装置制御によって、競合する事業を捉えられるか

という視点が重要になります。

AI特許の請求項は何を守るものか

請求項とは、特許によって守られる技術的範囲を定める部分です。

特許法70条では、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めるとされています。

明細書に書かれているだけでは足りず、競合する製品やサービスが請求項の構成を満たすことで、初めて権利行使の検討対象になります。

そのため、請求項は単なる技術説明ではありません。

誰が、どこで、どの処理を実施するのかまで想定して設計する必要があります。

学習工程だけでなく推論工程も請求項に入れるべきか

AI特許では、学習工程と推論工程を分けて請求項を検討することが重要です。

発明の特徴を推論時の処理として表現できる場合には、独立請求項で学習工程を必須とせず、次のような構成を中心にすることが考えられます。

重要なのは、発明の価値が実際に使われる場所で、競合企業の行為を捉えられる形にすることです。

学習工程だけの請求項では何を捉えにくいか

AI発明では、学習データの選び方、教師データの作成方法、モデル構造、損失関数、重みの更新方法などに技術的な特徴があることがあります。

これらは重要な保護対象です。

一方で、特許を取得できることと、競合企業の事業を捉えられることは同じではありません。

たとえば、独立請求項が「教師データを用いてモデルを学習させる工程」を必須としている場合、次のような事業形態への権利行使が難しくなります。

推論時の実施を請求項でどう捉えるか

たとえば、AIによってロボットを制御する発明を考えます。

独立請求項に、

教師データを用いてモデルを学習する学習部

を必須構成として記載すると、海外で作成された学習済みモデルを利用し、日本国内では推論と制御だけを行う装置は、その請求項を満たさない可能性があります。

これに対し、推論時の構成を中心に、次のように表す方法があります。

センサデータを取得する取得部と、
前記センサデータから推論用入力データを生成する入力生成部と、
前記推論用入力データに基づく推論結果を取得する推論結果取得部と、
前記推論結果に基づいて制御量を決定する制御量決定部と、
前記制御量に基づいて装置を制御する制御部と、
を備える制御装置。

ここで注目したいのが、「推論する」と記載するか、「推論結果を取得する」と記載するかです。

国内のエッジ装置自体がモデルを実行するのであれば、「推論部」を備える装置として構成できます。

一方、モデルが海外サーバーにあり、国内装置が推論結果を受け取る構成であれば、国内装置については「推論結果取得部」として表現する余地があります。

同じ発明でも、実際のシステム構成に応じて、請求項の切り口は変わります。

フィジカルAIでは推論結果の先までどう守るか

フィジカルAIでは、モデルが結果を出力することよりも、その結果を現実の装置へ反映する処理に発明の特徴がある場合があります。

たとえば、次のような一連の処理です。

センサによる検知
↓
推論用データの生成
↓
AIによる推論
↓
推論結果の信頼性判定
↓
現在状態に応じた補正
↓
ロボットや製造装置の制御
↓
制御後の状態を再取得

この場合、センサデータの同期、推論遅延への対応、安全条件を満たさない場合の停止処理、制御後の状態を利用した再推論など、現実世界との接続部分が重要になります。

フィジカルAIでは、

推論結果が、どのような処理を経て現実の装置制御へ変換されるのか

まで具体化することで、発明の技術的な特徴が見えやすくなります。

海外サーバーを使うAIサービスを日本の特許でどう捉えるか

AI特許では、まず、日本国内にある装置や国内で行われる方法だけで成立する推論装置・推論方法の請求項を検討するのが基本です。

国内で行われる推論、結果の補正、装置制御などを一つの請求項で捉えることができれば、モデルを実行するサーバーの所在地に左右されにくくなります。

しかし、国内装置が行う処理だけでは、先行技術との差を十分に示せないこともあります。このような場合には、サーバーと国内装置を含むシステム全体の請求項を作成せざるを得ないこともあります。

このような場合でも、サーバーが海外にあるからといって、日本で権利行使が絶望的とは限りません。

2025年3月3日の最高裁判決では、海外にあるサーバーと日本国内にある端末を含むシステムについて、システムを構築する行為や構築されたシステムを全体として見て、実質的に日本国内での「生産」と評価できる場合には、日本の特許権が及び得ると判断されました。

この事件では、日本の利用者がサービスへアクセスすることでシステムが構築され、処理の結果が国内端末に表示され、発明の効果が国内端末で生じることなどが考慮されています。

もっとも、これは一定の事実関係を前提とした判断です。国内に端末があるというだけで、当然に日本の特許権が及ぶわけではありません。

関連記事:AI SaaSを、国内端末への表示や業務フローと結びつけて「使える権利」にする考え方

請求項を作る前に確認したい5つの質問

AI特許の請求項を設計するときは、技術内容だけでなく、次の点を先に確認します。

1.誰の行為を捉えたいか

モデル開発者、AIサービス提供者、クラウド事業者、端末メーカー、利用企業のうち、誰の行為を対象にするのか。

2.各処理はどこで行われるか

学習、推論、データ保存、結果の補正、装置制御は、それぞれ国内と国外のどこで行われるのか。

3.市場で繰り返される行為は何か

学習は一度だけで、推論は繰り返し行われるのか。

モデル提供、API提供、端末販売、装置制御のどこに事業上の価値があるのか。

4.外部から確認できる構成は何か

競合サービスを利用することで確認できる処理なのか。

学習データ、内部パラメータ、サーバー内部の処理など、外部から確認しにくい事項を必須にしていないか。

5.処理を海外へ移すことで回避できないか

モデルサーバーやデータベースを国外へ移した場合でも、国内の端末、エッジ装置、プログラム、装置制御を捉えられるか。

弊所では、

を、実際のサービス構成や事業計画に沿って検討します。

技術構想が固まり切っていない段階でも、システム構成図や処理フローから、どこに発明の可能性があるかを検討できます。

AIの推論処理と特許に関するよくある質問

学習工程を請求項から外して、推論時の処理だけを守ることはできますか?

発明の特徴を推論時の処理として表現できる場合には、検討できます。例えば、入力データの生成、推論結果の評価・補正、装置制御に独自の工夫がある場合です。ただし、学習工程を外した構成でも新規性・進歩性などの要件を満たし、明細書の説明に裏付けられている必要があります。学習方法に特徴がある場合は、その保護も別途検討します。

他社の学習済みモデルやAPIを使うサービスでも、自社で特許を検討できますか?

検討できます。モデルそのものを開発していなくても、入力の作り方、出力の検証、結果に応じた処理の切り替えなどが発明の候補になります。ただし、既存のAPIを呼び出すだけで特許になるわけではありません。自社の工夫が解決する課題と処理の流れを具体的に示し、自社側とAPI提供者側のどちらが各処理を担うかも確認します。

「推論する」を「推論結果を取得する」に変えれば、広く保護できますか?

言い換えるだけで、広く有効な権利になるわけではありません。「推論結果を取得する」という構成は、外部サーバーから結果を受け取る装置を捉える際の選択肢です。ただし、その表現を含む請求項全体で発明の特徴を示し、明細書に裏付けがあることが必要です。実際のデータの流れに合わせ、取得した結果をどう評価・補正・利用するかまで検討します。

競合が海外のサーバーで推論していると、日本の特許では対応できませんか?

海外サーバーを使っているという理由だけで、日本の特許権が及ばないとは限りません。2025年3月3日の最高裁判決では、海外サーバーを含むシステムでも、構築行為やシステムを全体として見て、実質的に日本国内での「生産」と評価できる場合には、日本の特許権が及び得るとされました。ただし、国内に利用者や端末があるだけで決まるものではなく、請求項と具体的なサービス構成・提供態様を確認する必要があります。

競合サービスの内部処理が見えない場合、請求項の設計で何に注意すべきですか?

必須とする構成を、外部からどのように確認できるかも検討します。例えば、公開仕様、入力に対する出力、画面の動作、装置の応答などから確認できる部分を特定します。ただし、同じ出力になることだけでは、内部で同じ処理を実行していると断定できません。発明の技術的な特徴を保ちながら、権利化の要件と、実施を確認するための手掛かりの両方を考えます。

参考資料

  1. 特許庁「特許・実用新案審査ハンドブック附属書B 第1章 コンピュータソフトウエア関連発明」
  2. 特許庁「AI関連技術に関する特許審査の事例について」
  3. e-Gov法令検索「特許法(昭和34年法律第121号)第70条」
  4. 最高裁判所第二小法廷「令和5年(受)第2028号 特許権侵害差止等請求事件判決」(2025年3月3日)

執筆・文責

弁理士 中村幸雄

AIサービス、ソフトウェア、業務フロー、試作・現場改善に関する発明発掘・特許相談を扱う弁理士。 「発明の余白」では、まだ曖昧な技術構想や現場の工夫から、発明のポイントを見つけるための情報を発信しています。