執筆・文責:弁理士 中村幸雄(登録番号 第12870号)

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この記事の結論

AI SaaSの特許では、サーバー上の処理だけでなく、国内の端末、出力結果、業務フロー、外部から確認できる特徴と結び付けて権利を設計することが重要です。特許として開示する部分と、営業秘密として残す部分も分けて検討する必要があります。

AI SaaSの特許性を検討する基礎資料として、特許法、特許庁の審査ハンドブック附属書B第1章AI関連技術に関する特許審査の事例を確認できます。本記事では、そのうえで権利行使を見据えた構成を検討します。

AI SaaSで「使える特許」とは何か

AI SaaSの場合、せっかく特許を取得しても、第三者がその特許技術を使用しているか否かを確認することが困難な場合があります。

これは主に、内部処理のみにスポットを当てて権利取得をしてしまった結果です。

AI SaaS特許では、内部処理だけではなく、入力項目、出力レポート、注意表示、確認フロー、外部システム連携といった「外から確認しやすい要素」との結びつきがキーとなります。

なぜAI SaaS特許は、権利行使しにくいのか

AI SaaSでは、次のような処理が競争力の源泉になり得ます。

これらがサーバー側で行われている場合、競合サービスが同様の仕組みを使っていても、その確認が困難な場合が多いでしょう。

そのため、出願前の段階で、どこが発明のポイントなのかを見極め、それを外部から確認できる業務上の挙動と結びつけておく必要があります。

海外サーバ型AI SaaSを日本の特許でどう捉えるか

AI SaaSでは、ユーザー端末とサーバーが連携してサービスが提供されます。

ユーザー端末を操作するのは、通常、サービス事業者ではなくユーザー自身です。また、サーバーや外部APIの一部が海外にあることも珍しくありません。

この場合、日本の特許権との関係では、どの行為を国内の実施として捉えるのかが問題になります。特許権の効力は原則として登録国の領域内に限られるという、いわゆる「属地主義の原則」があるためです。そのため、サーバー側の処理が国外で行われる場合、その処理を含むサービス提供全体を、日本国内の実施行為として捉えられるのかが問題となります。

これに対し、2025年3月3日のドワンゴ対FC2事件に関する最高裁判決( 令和5年(受)第14号・第15号令和5年(受)第2028号 )では、サーバーが国外にある場合でも、それだけで直ちに日本の特許権の効力が及ばないとはされませんでした。

もっとも、これは海外サーバー型SaaSに対し、常に日本の特許権が行使できる、という意味ではありません。サービス提供の全体を見て、国内端末の役割、国内で発現する作用効果、国内ユーザーに対するサービス提供の実態などを踏まえ、実質的に日本国内の実施行為と評価できるかが問題になります。

だからこそ、AI SaaSの特許では、出願時から次の点を確認しておくことが必要です。

国内端末・出力結果・業務フローと結びつけて捉える。この視点が、将来使える権利に近づけるうえで重要になります。

どこを請求項に入れると侵害を確認しやすいか

AI SaaSは、特定の業務フローに組み込まれます。契約書レビューAI、採用書類スクリーニングAI、カスタマーサポートAI、営業提案書作成AI、経理・請求書処理AI、社内規程QAシステムといったものです。

これらのサービスでは、どの業務データを入力させるか、どの文書や履歴を参照するか、どの基準で判定するか、どの形式で結果を出力するか、どの条件で人の確認に回すか、どの外部システムに連携するか、といった業務上の設計がサービスの特徴として外に現れます。

さらに、海外サーバー型SaaSとの関係では、その処理結果が国内ユーザーの端末上でどのように表示され、国内ユーザーの業務にどのような効果をもたらしているのかも重要です。サーバー側の処理そのものは見えにくくても、その処理の結果が、画面・入力項目・出力形式・確認フロー・連携先・レポート構成などに現れ、国内ユーザーの判断、確認、修正、承認、連携といった業務行為に結びつくことがあります。

したがって、AI SaaSの発明を捉えるときは、単に「サーバーで何を処理しているか」だけでなく、「その処理結果が国内端末上にどのように現れ、国内ユーザーの業務上どのような効果を生じさせているか」まで検討することが重要です。

見るべき要素 権利行使を見据えた設計
入力項目 業務上どの情報を取得しているか
入力項目の組み合わせ AI処理に必要な条件をどのように集めているか
参照情報 どの文書、履歴、データベースを選択しているか
判定条件 どの条件で分類、評価、警告、抑制をしているか
出力形式 レポート、チェック結果、修正文案などに特徴が出るか
国内端末での表示 処理結果が国内ユーザーの画面上にどのように表示されるか
注意表示 リスクや根拠をどのようにユーザーへ示すか
確認フロー どの条件で人の確認に回すか
業務上の効果 ユーザーの判断、確認、修正、承認、連携がどのように改善されるか
再生成条件 どの場面で再処理や別モデルへの切り替えを行うか
外部連携 CRM、契約管理、会計システムなどにどう接続するか
ログ・履歴 自社内で処理結果、判断根拠、確認履歴をどのように記録しているか

たとえば「AIが契約書をレビューする」という捉え方では発明の特徴は見えません。しかし「契約書の条項種別を分類し、取引類型に応じて参照基準を切り替え、リスクの高い条項については修正文案と確認対象者を分けて表示する」と説明できれば、発明の構造が見えてきます。

さらに、その結果として、国内ユーザーの端末上で、確認すべき条項、修正候補、承認者が分けて表示され、契約審査の判断や確認フローが効率化される、というところまで示せれば、国内で発現する効果も説明しやすくなります。

同様に「AIが問い合わせに回答する」という捉え方だけでは足りません。「問い合わせ内容を契約プラン、過去の対応履歴、担当者権限に基づいて分類し、回答案とエスカレーション要否を分けて出力する」と説明すれば、AI SaaSとしての工夫が見えてきます。

さらに、国内ユーザーの端末上で、回答案、参照根拠、エスカレーション先が分けて表示され、担当者が回答すべきか、上位者に回すべきかを判断しやすくなる、という効果まで示せれば、単なるAI処理ではなく、国内の業務フローに現れる発明として捉えやすくなります。

AI SaaS特許で避けたい5つの失敗

1. 「AIを使うこと」自体を発明として捉えてしまう

AIを使って契約書を確認する、問い合わせに回答する、候補者情報を評価する。これだけでは特許を取得できる工夫とはいえません。重要なのは、業務上の課題に対して、どのような入力・判定・出力・確認フローを組み合わせているかです。

2. プロンプト文言だけに注目してしまう

プロンプトの文言そのものを特許で守ることは容易ではありません。見るべきなのは、プロンプトを生成する条件、参照情報の選び方、出力評価との組み合わせ、再生成の判断などです。

3. 業務フローとの接続を拾っていない

AIの回答が業務のどこに戻るかに、発明の特徴が現れることがあります。契約管理システムへの反映、採用管理での選考ステータス更新、CRMでの担当者通知、会計システムへの仕訳連携など、この接続部分は見落とされがちです。

4. 外部に現れる特徴を拾っていない

取得しようとする特許の内容を表す「特許請求の範囲」でサーバー側の内部処理だけを記載し、画面・レポート・APIレスポンス・注意表示・確認要求などをカバーできていないケースがあります。将来の権利行使を考えると、外部に現れる特徴は重要です。

5. 特許請求項の技術用語を具体化しすぎている

特定のライブラリ、特定のモデル名、特定の技術用語に依存しすぎると、競合の僅かな設計変更で権利を回避されてしまいます。特許権の存続期間は出願から20年間であり、その間に技術トレンドも移り変わっていきます。現在主流のLLM,深層学習,Transformer等もいずれ別の技術に移り変わっていくでしょう。そのような用語で権利範囲が限定されないよう考慮することも重要です。

何を特許で公開し、何を営業秘密に残すべきか

AI SaaSでは、すべてを特許で公開すればよいわけではありません。特許は出願から一定期間後に公開されるため、次のような情報は営業秘密として管理する選択肢もあります。

具体的なプロンプト文言、重み付けのパラメータ、評価スコアの閾値、学習データの具体的内容、運用上の改善ノウハウ。

一方で、サービスの基本的な処理フローや、競合に模倣されたくない業務上の仕組みは、特許として権利化を検討する価値があります。

何を特許で出すか、何を営業秘密として残すか。この切り分けをしないまま出願すると、守りたい部分が権利化されなかったり、公開しなくてよいノウハウまで外に出てしまう可能性があります。

特許候補を確認するチェックポイント

AI SaaSでは、発明のポイントがサーバー側の処理に隠れていることがあります。これを将来使える権利にするには、入力・出力・画面表示・確認フロー・外部連携と結びつけて捉える必要があります。

発明の余白では、どの部分に発明の可能性があるかを対話を通じて見極めます。仕様が固まりきっていない段階でも構いません。

参考資料

  1. e-Gov法令検索「特許法(昭和34年法律第121号)」
  2. 特許庁「特許・実用新案審査ハンドブック附属書B 第1章 コンピュータソフトウエア関連発明」
  3. 特許庁「AI関連技術に関する特許審査の事例について」
  4. 最高裁判所第二小法廷「令和5年(受)第14号・第15号 特許権侵害差止等請求事件判決」(2025年3月3日)
  5. 最高裁判所第二小法廷「令和5年(受)第2028号 特許権侵害差止等請求事件判決」(2025年3月3日)

執筆・文責

弁理士 中村幸雄

AIサービス、ソフトウェア、業務フロー、試作・現場改善に関する発明発掘・特許相談を扱う弁理士。 「発明の余白」では、まだ曖昧な技術構想や現場の工夫から、発明のポイントを見つけるための情報を発信しています。