この記事の結論
知財戦略では、まず「誰が、何を、いつまでに決めるか」を一文で定め、その判断に必要な情報と調べ方を考えます。特許出願・秘匿・公開などの方針は、調査で得た根拠を踏まえて選び、実行計画と見直しにつなげます。
「調べる」から始めると、議論はどこかで止まる
新しい技術が生まれたとき、多くの人が最初に考えることがあります。
「似た特許はあるだろうか。」
「論文ではどこまで研究されているだろうか。」
「競合は何をやっているのだろうか。」
こうして、特許を検索し、論文を読み、市場を調べることから仕事が始まります。
もちろん、調査は重要です。私自身も、弁理士として数多くの特許調査や技術調査に携わってきました。
しかし、実務の中で次のような状況を何度も見てきました。調査報告書は完成している。先行技術も把握できている。競合の動きも分かっている。必要な情報は、ひととおり揃っているはずです。
それでも、議論はどこかで止まってしまいます。誰も明確に次の一手を決められないまま、時間だけが過ぎていきます。
その一因は、調査結果を使って何を決めるのか、誰が判断するのかが曖昧なまま、調査を進めてしまうことにあります。
本当に決めるべきことは何か
例えば、一つの新しい技術が完成したとします。そのとき、本当に決めるべきことは何でしょうか。
- 特許を出願するのか
- 営業秘密として守るのか
- 論文として公開するのか
- 共同研究を進めるのか
- あるいは、開発そのものを止めるのか
企業が判断するのは、「技術が新しいかどうか」だけではありません。その技術を、事業としてどう扱うかです。
この問いが曖昧なまま調査を始めると、集めた情報のどこを判断に使い、何を追加で確かめればよいかが分かりにくくなります。
戦略知能工学という方法論
私は、調査結果を判断と行動につなげるために、戦略知能工学(Strategic Intelligence Engineering:SIE)という方法論をまとめています。
SIEでは、何を決めるかを出発点に、必要な情報と調べ方を定め、選択・実行・見直しまでを設計します。
判断者と期限を明らかにし、得られた根拠から案を比べ、決定後に誰が何をするかまで具体化する方法論です。
最初に、今回決めることを一文にします。その一文をもとに、調べる対象や検索条件を考えます。
「今回、誰が、何を、どの出来事より前に決めるのか。」
何を決めるかが明確になると、調べる対象が定まる
例えば、「展示会で公開する前に、社長が技術の保護方針を決める」と定めると、公開予定と判断期限を踏まえて調査を進められます。
先行技術に加え、展示で見せる範囲、販売方法、他社が技術を再現できる可能性など、判断に必要な情報を挙げ、その確認先を決めます。
調査で分かったことを踏まえ、出願、秘匿、公開や、それらを組み合わせる案を比較します。最初に決めるのは問いと期限であり、選ぶ案は調査結果に応じて変わります。
SIEの7ステップ
ここまで述べた意思決定の設計は、SIEの最初のステップにあたります。全体は、次の7つのステップで構成されます。それぞれのステップは、一つの問いに答える作業です。方法論そのものの定義は、知財の余白「戦略知能工学とは何か」で扱っています。
| ステップ | 問い | 演習シリーズ①での出力 |
|---|---|---|
| 1. 意思決定設計 | 誰が、何を、いつまでに決めるか | 展示・公表より前に、社長決裁で保護方針を決める |
| 2. 情報源設計 | 必要な情報はどこにあるか | 公開情報と、顧客の未確定事項(販売形態・海外展開)を分離 |
| 3. 証拠収集 | 判断を支える証拠は何か | 側面への非対称配置に、先行技術との相違を確認 |
| 4. 全体俯瞰 | 今回、どの範囲の技術・事業条件を見渡すか | 分解だけでなく、動作測定による解析可能性まで評価 |
| 5. 選択肢設計 | どの案を比較し、何を薦めるか | 出願・秘匿・併用の3案を設計し、併用案を有力と仮定 |
| 6. 実行計画 | 誰が、いつまでに、何をするか | 各作業を経営陣・技術部・弁理士に割り当て、期限を決める |
| 7. 監視と学習 | いつ見直し、何を次に残すか | 解析可能性の判明、競合の発売、販路変更を監視項目に設定 |
特徴は、前半に「設計」を置いている点です。何を決めるのかが定義されて、はじめて、集めるべき情報と分析の深さが決まります。そして後半は、分析で終わらせず、判断・実行・監視まで進めます。
AIの時代に、価値を持つのは誰か
AIは、論文や特許、ニュースの要約や比較に活用できます。ただし、出力に示された事実や出典は、元の資料と照合する必要があります。
AIを使う場合も、何を決めるために調べるのか、どの作業まで任せるのか、人に確認を求める条件は何かを定めることが重要です。
実際の案件では、新たな事実や事業方針の変更を受けて、比較する案や判断する範囲を見直すことがあります。
「この技術は、特許を取るべきか。それとも秘密として守るべきか。」一見すると単純な二択に見えるこの問いも、実はそうではありません。仮想事例を使って、必要な確認から判断・実行までを追うのが、演習シリーズ①「特許か、秘匿か――超音波急速解凍装置の意思決定」です。装置の「構造」と「制御方法」で最適な保護方針が分かれていく過程を、7ステップに沿って記録しています。
演習シリーズ②「似た特許が見つかった。それでも出願するべきか」では、AI業務支援サービスを題材に、先行技術との比較から出願方針の選択、実行までを追います。
戦略知能工学と知財判断に関するよくある質問
戦略知能工学は、通常の特許調査と何が違いますか?
本記事でいう戦略知能工学は、著者が実務上の方法論としてまとめたものです。特許調査が先行技術などを確認する作業であるのに対し、誰が何をいつまでに決めるかを定め、必要な調査、選択肢、実行計画へつなげます。調査を置き換えるものではなく、その目的と使い方を明確にします。
この方法で検討すると、どのようなものが成果として残りますか?
何を決めるかを示す一文、出典と確認日を添えた証拠の記録、選択肢の比較表、担当者と期限を記した実行計画などが残ります。いつ、どのような変化があれば見直すかも記録し、判断の根拠と次の行動を関係者で共有します。
技術が完成してから使う方法ですか?
完成後に限りません。研究開発の継続、共同研究への参加、展示会での公開、出願と秘匿の選択など、判断が必要な段階で使えます。技術や事業方針が未確定であれば、決まっていることと未確定のことを分け、判断前に何を確認する必要があるかを明確にします。
AIが調査や比較をできるなら、最終判断も任せられますか?
AIは資料の要約や選択肢の比較を支援できますが、会社が何を優先し、どのリスクを引き受けるかまで自動的に決まるわけではありません。決裁者が証拠と前提を確認し、責任を持って判断する必要があります。本記事の方法では、その判断者と判断事項を最初に明確にします。