執筆・文責:弁理士 中村幸雄

「調べる」から始めると、議論はどこかで止まる

新しい技術が生まれたとき、多くの企業が最初に考えることがあります。

「似た特許はあるだろうか。」

「論文ではどこまで研究されているだろうか。」

「競合は何をやっているのだろうか。」

こうして、特許を検索し、論文を読み、市場を調べることから仕事が始まります。

もちろん、調査は重要です。私自身も、弁理士として数多くの特許調査や技術調査に携わってきました。

しかし、実務の中で次のような状況を何度も見てきました。調査報告書は完成している。先行技術も整理されている。競合の動きも把握できている。必要な情報は、ひととおり揃っているはずです。

それでも、議論はどこかで止まってしまいます。誰も明確に次の一手を決められないまま、時間だけが過ぎていきます。

なぜでしょうか。理由は意外と単純です。最初に「何を決めるのか」が決まっていなかったからです。

本当に決めるべきことは何か

例えば、一つの新しい技術が完成したとします。そのとき、本当に決めるべきことは何でしょうか。

企業が判断するのは、「技術が新しいかどうか」だけではありません。その技術を、事業としてどう扱うかです。

この問いが曖昧なまま調査を始めると、情報は増えても判断材料にはなりません。

戦略知能工学という方法論

私は、この問題を整理するために、戦略知能工学(Strategic Intelligence Engineering:SIE)という方法論をまとめています。

SIEは、調査手法ではありません。AIの使い方でもありません。情報分析の新しい技法でもありません。

一言でいえば、「情報を集めることではなく、意思決定を設計するための方法論」です。

SIEでは、最初に検索式を考えません。最初に書くのは、たった一文です。

「今回、誰が、何を、どの出来事より前に決めるのか。」

一文が決まると、調査の景色が変わる

この一文が決まると、不思議なくらい調査の景色が変わります。

必要な情報源が見えてきます。集めるべき証拠が決まります。比較すべき選択肢も整理されます。

そして、調査は「知るための作業」から、「決めるための作業」へ変わります。

AIの時代に、価値を持つのは誰か

AIの登場によって、情報を集めること自体は以前よりずっと簡単になりました。論文も、特許も、ニュースも、AIが数秒で要約してくれます。

だからこそ、これから価値を持つのは、情報をたくさん集められる人ではありません。その情報を使って、誰が、何を決めるのかを設計できる人です。

もっとも、実際の意思決定は、ここまで書いたほど綺麗にまとまるものではなく、もっと泥くさく、もっと複雑です。

「この技術は、特許を取るべきか。それとも秘密として守るべきか。」一見すると単純な二択に見えるこの問いも、実はそうではありません。次回から、具体的な事例を一緒に追っていきたいと思います。

執筆・文責

弁理士 中村幸雄

AIサービス、ソフトウェア、業務フロー、試作・現場改善に関する発明整理・特許相談を扱う弁理士。 「発明の余白」では、まだ曖昧な技術構想や現場の工夫を、発明のポイントとして整理するための情報を発信しています。