執筆・文責:弁理士 中村幸雄

AIによって、「どう作るか」のコストは大きく下がりました。

文章、コード、画像、試作品。以前であれば専門的な知識や多くの時間が必要だったものも、今ではAIと相談しながら、かなりのところまで自分で形にできるようになっています。

この変化は、単なる作業効率化にとどまりません。McKinseyは、生成AIがカスタマーオペレーション、マーケティング・営業、ソフトウェア開発、研究開発など、幅広い業務領域に影響を及ぼし得ると分析しています。AIは、知的作業の多くを支援する存在になりつつあります。

では、AIを使えば、発明も簡単に生まれるのでしょうか。ここで注意したいのは、AIが得意なのは「形にすること」であって、必ずしも「何を問うべきか」を決めることではない、という点です。

効率よく答えを出せる時代だからこそ、問われるのは、そもそも何を問題として捉えるのかです。まだ誰も問いにしていないことを、自分の違和感や関心から立ち上げる。そこに、AI時代の発明の入口があります。

論理的思考・デザイン思考・アート思考

問題を解くアプローチには、いくつかの異なる起点があります。

思考法 出発点 問いの形 それぞれの役割
論理的思考 与えられた前提・条件 最適解は何か 見えている問題の解を導く
デザイン思考 使う人の体験・困りごと なぜここで止まるのか まだ解かれていない問題を発見する
アート思考 作り手自身の関心・違和感 そもそも何を問うべきか 問いそのものを生み出す

論理的思考は、前提を整理し、筋道を立てて答えに近づく考え方です。すでに見えている問題を、矛盾なく効率よく解くことに向いています。「Aという条件があり、Bという制約がある。ならばCが最適解だ」という構造で動きます。

デザイン思考は、使う人の体験や困りごとに目を向けます。「なぜ使いにくいのか」「どうすればもっと自然に使えるのか」という問いから出発し、観察・共感・試作を繰り返しながら解決策を形にします。問題はすでにそこにある。ただ、まだうまく解かれていない。そこに切り込む思考です。

→ デザイン思考から、発明のポイントを見つける方法(コラム)

アート思考は、少し違います。

「自分が強く惹かれているものは何か」
「なぜ自分はこれに執着するのか」
「自分の関心から、まだ誰も問いにしていないことは何か」

市場の要望や既存の課題からではなく、自らの関心や違和感を起点に、まだ形になっていないコンセプトを生み出そうとする考え方です。解くべき問題は最初から与えられていません。問い自体を、自分でつくります。この「問いを立てる力」は、発明とも深く結びついています。

アート思考は、発明の入口を広げる

問いは自分の違和感から生まれます。ここに、デザイン思考とアート思考の分かれ目があります。「ユーザーが困っているから直す」のはデザイン思考です。アート思考はもう一段、自分の内側に問いを向けます。なぜ他の人が気にしない場面で、自分だけが立ち止まるのか。なぜ自分はこれを当たり前として受け入れられないのか。その執着の中に、まだ誰も問いにしていないものが隠れていることがあります。

「自分はなぜこれに引っかかるのか」を掘り下げたとき、他の誰も向かっていない方向が見えてきます。

主観が、独自の構成に変わるとき

自身の譲れない関心が発明につながる筋道を、仮想的な例で考えてみます。

たとえば、あるAIライティング支援ツールを思い浮かべてください。その開発者は、市場からは「もっと速く、もっと完成度の高い文章を一度で出してほしい」という要望を受けているとします。効率の観点では、答えを先に出すのが正解です。

ところが、その開発者には譲れない確信があったとします。「AIが結論を先に出すと、人は考えることをやめてしまう」。これは、その人個人の美学に近いものです。

そこで、効率化とは逆の設計を選ぶとどうなるでしょうか。完成した文章をすぐに返すのではなく、まず利用者に問いや論点を投げ返し、利用者の応答を挟んでから結論を提示する。この思想を形にするなら、推論の途中状態を保持し、確信度が一定の条件を満たすまで結論を出力せず、利用者の入力を受けて再評価する——そうした処理構成が考えられます。

ここで起きていることが重要です。「人に考えさせたい」という主観的な確信が、「途中状態を保持し、条件付きで出力を保留し、入力を挟んで再評価する」という具体的な技術構成に翻訳されています。その作り手にしか出てこない設計です。

革新的なアイデアは、しばしばこうした強い主観から生まれます。

違和感そのものは、まだ発明ではない

ただし、関心や確信に気づくことと自体は発明ではありません。

「AIの回答をもっと信頼できるようにしたい」「現場の人が迷わないシステムにしたい」「人に考えさせるツールにしたい」——これらは大切なWHY・WHATです。

しかし、発明はそのような願いそのものではありません。その目的を実現する技術的な手段、それが発明です。

たとえば「要約を信用できない」という違和感に対しては、

ここまで落ちてきて初めて、技術的な仕組みとして検討できるようになります。

なお、ここで見えてくるのはあくまで発明として検討できるポイントです。実際に特許として権利化できるかどうかは、先行技術、技術的な効果、実施可能なレベルに検討されているか等によります。

発明を見つけるための問い

自分の違和感や確信を、技術的な問いへ変えるための視点を整理します。アート思考では、「何が問題か」より先に、「なぜ自分だけがそこで立ち止まるのか」を掘り下げることが出発点になります。

自分だけが立ち止まる場面は、どこか。
他の人が通り過ぎる場面で、なぜ自分は気になるのか、これでいいと感じるのかを、できるだけ具体的に特定します。「AIが答えを一つに絞ること」なのか、「考えた過程が残らないこと」なのか、「少数派の判断が埋もれること」なのか。違和感の対象を言語化するところから始まります。

自分が手放せない確信は、何か。
効率や市場の正解とは逆の方向へ進みたくなる、その執着はどこから来るのか。「人に考えさせたい」「試行錯誤の過程を残したい」「少数派の声を消したくない」——そうした確信は、根拠がなくても構いません。その確信が、他社と同じ最短経路を選ばない出発点になります。

市場が求めるものと、自分が作りたいものは、どこでずれるのか。
「もっと速く」「もっと簡単に」という要望に対して、なぜ自分はそれだけでは納得できないのか。そのずれを曖昧にせず、「速さより○○を優先したい」という形で言葉にします。ずれの中に、他社がたどり着かない構成が隠れていることがあります。

その確信を、処理・構成・判断条件の言葉に翻訳できるか。
「人に考えさせたい」という確信は、「途中状態を保持し、条件付きで出力を保留し、入力を挟んで再評価する」という構成に翻訳できます。主観的な確信を技術的な仕組みとして表現できたとき、発明として検討できる形になります。自分の確信が、どのような入力・処理・出力の設計として言い換えられるかを問うのが最後のステップです。

発明の入口を探すために

現場の「おかしい」に気づいたとき、なぜ自分はそこに引っかかるのかを掘り下げる。まだ課題として扱われていない違和感を、自分の関心から問いに変える。その問いを、技術的な仕組みへと翻訳していく。

それこそが、アート思考時代の発明の見つけ方です。

執筆・文責

弁理士 中村幸雄

AIサービス、ソフトウェア、業務フロー、試作・現場改善に関する発明整理・特許相談を扱う弁理士。 「発明の余白」では、まだ曖昧な技術構想や現場の工夫を、発明のポイントとして整理するための情報を発信しています。